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やっと少しずつ安定してきていたというのに、神様とやらがいるとしたら、本当にいい性格をしている。
目の前で何か言いたそうな顔をした俺の唯一の色に、俺はどうしようもないほどの絶望を感じていた。
少しずつだったけれど、それでも何とか安定してきたんだ。
忘れようとした。
もう、伊織には相手がいるのだから、俺は必要ないのだからと、何度も言い聞かせてはその度に苦しくなって泣きそうになって、でも泣くことは出来なくて。
いっそすべてなくしてしまえたらなんて、数えてもきりがないくらいに思っては打ち消して。
だってそうだろう?
例え昔のことだとしても、俺と伊織は確かに愛し合っていたのだから。
あの幸せすぎた時間は確かに存在していたのだから。
もう俺にはこの記憶だけでいいから、平穏に生きたいと願ったばかりだったのに。
伊織は俺の前に現れた。
鮮やかな色を伴って、あの頃と同じような顔で、穏やかに微笑むんだ。
「あの、鉢屋三郎さん、ですよね?」
「ああ」
「あの、私秋原伊織といいます」
そういってぺこりと頭を下げた彼女は、あの頃となんら変わらない。
仕草も声も姿かたちも、ほとんどと言っていいほどに、俺の記憶の彼女と変わりがない。
それが余計に、俺に錯覚させる。
あの頃に戻ったようだと、無駄な希望を持たせる。
分かっているのに、自分から接触してきた伊織に期待せずにはいられないのだ。
俺を忘れた伊織を憎く思っていることも確かなのに、それでも目の前で微笑む伊織を心底愛しく思うのも事実なんだ。
もう一度手に入れたい。
俺のものにしたい。
大好きなんだと、愛しているのだと囁いてほしい。
俺の名前をその口でその声で呟いて。
続
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