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先輩と私しかいない長屋の廊下で、私は必死に紡ぎました。
懇願してそれで兄さんが救われるのなら、私はいくらでもいたしましょう。
お願いします、お願いします。
私の声が聞こえていらっしゃるのでしょう?
お願いします、手を貸して下さい。
そうしなければ、私は浮かばれません。
三郎兄さんを助けて下さい。
お願いします、お願いします。
お願いします、竹谷先輩。
竹谷八左エ門先輩は、三郎兄さんの同級生で親友です。
私にとってもとてもいい先輩で、優しい第二のお兄さんのような温かな雰囲気を持った方でした。
陽だまりのように温かく、優しく接してくださる竹谷先輩は、三郎兄さんの親友の中で一番に私が懐いた方でした。
生き物との接し方を無意識に分かっていらっしゃるのでしょう。
私の中にある僅かばかりの憎しみと妬みを、瞬時に理解してそれでも笑ってくださった方です。
警戒心など持てるはずもありませんでした。
あの日死んでしまった私には、三郎兄さんが次第に病んでいかれるのを止めることが出来ません。
三郎兄さんは、私が見えないし、ここにいることを知らないのです。
それでも私は毎日三郎兄さんについてまわって、必死に声をかけるのです。
兄さん、三郎兄さん、笑ってください、三郎兄さん
毎日毎日兄さんの耳元で呟きます。
演習中だろうと食事中だろうとお構いなしに呟きました。
それに私より先に参ってしまったのは、私の話したことをすべて聞き取ってしまっていた竹谷先輩でした。
先輩は私の姿が見えませんが、それでも私の声が聞こえるみたいでした。
「頼むから、もう止めてくれ」
私は竹谷先輩しかいらっしゃらない時に、一度だけ兄さんの名前を呟いたことがありました。
私が呟いた瞬間に竹谷先輩の口から出された言葉は、最初は私に向っておっしゃっているのだと分かりませんでした。
だけれど、竹谷先輩は私の方を振り返って「伊織」と私の名を呟きました。
「伊織、頼むから。お願いだから、もう止めてくれ。何度呟いたって、何度話しかけたって、伊織の声は三郎には届かないよ」
分かっていた現実を突きつけられることは、私の声が竹谷先輩には聞こえているのだと言う事実よりもはるかに私の心に突き刺さりました。
どうしてそんなことをおっしゃるのですか?
私は三郎兄さんに笑ってほしいのです。
そうでなければ私は浮かばれないのです。
もう苦しんで泣いている兄さんを、私は見ていたくはないのです。
お願いです竹谷先輩、兄さんを、私を助けて下さい。
続
タケメンのターン。
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